「羅生門」という題名と書き出し

   羅生門        芥川龍之介

 ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。

 若葉先輩は、前置き無しに話し始めた。
「では、まず題名から。「羅生門」は、「羅城門」とも書くんだ。では、なぜ「城」ではなくて、「生」を選んだのか?」
「それは、テーマが「生」(生きること)だからじゃないかな?」「正解。私もそう思う。
「次に、書き出しの二文の特色を挙げてほしい。」
「文が短い。」「そうだね。ではその理由は?」「抵抗感を無くして、読む気にさせるため。」「いいね。」
「5W1Hのうちの四つが書かれている。いつ「ある日の暮れ方」誰が「一人の下人が」どこで「羅生門の下で」何を「雨止みを待っていた。」」
「それを書く理由は?」
「手っ取り早くこの小説の場面を説明するため。」
「〈なぜ〉と〈どのようにして〉が書かれていないのはなぜ?」
「読み手がそれを知りたくて先を読みたくなるようにするため。」
「では、「下人」について、わかることは何か?」
「「下人」の意味は、辞書に幾つか載っているけど「奉公人・使用人」がいいかな。でも、「身分の低い者」、「品性の劣っている者」の含みもあるかも?」
「個人を特定していないという面もある。」
「それってどういうこと?」
「それによって、誰にでも当てはまるようにしたんだ。」
「つまり、こういうことかな?『盆土産』は個々の事実を通して、その時代の真実を描こうとしていた。『羅生門』は、誰と特定しないで、人間一般を対象として個々人もそうだと言いたいから。」
「なるほど、言ってみれば『盆土産』は帰納的で、『羅生門』は演繹的なんだね。」
「それと関連すると思うけど、語り手が『盆土産』では、一人称だったけど、『羅生門』は三人称だね。」
「『盆土産』は現実を写し取る写生のような描写で、『羅生門』は現実を作り出している感じがする。」
「これは、『宇治拾遺物語』の話を翻案したものだよね。これを材料にして、テーマにふさわしい形に作り直したんだね。」
 こんなに短い文なのに、これだけのことが言えるのね。理由無く書かれている表現は無いんだ。それを丹念に確かめていくことは、自分が書く時の参考にもなるね。みんな流石だね。すぐに答えが出てくるんだもの。

コメント

  1. すいわ より:

    たった二文でノート1ページがいっぱいになりました。初めての経験です。自分の為の読書だったら、ただの情報として読み流して行ってしまいかねません。「国語」という教科を「学ぶ」価値をこんなにまではっきりと感じた事ありません。この先も部員の一人ひとりがどんな切り口で物語に迫るか楽しみです。

    • 山川 信一 より:

      文学の文章は、ただ意味を受け取るのではなく味わうものなのです。そのことによって言葉に対する感覚が磨かれ鋭敏になります。
      しかし、この読み方は一般の文章にも当てはまります。その応用は計り知れません。
      どうぞ、部員の気づかなかったことでなに書き付いたら教えてください。

  2. らん より:

    先生、羅生門が始まりましたね。楽しみにしています。
    こんなに短い文章からいろんなことが見えますね。
    みんな、進級して、考える力がついてきたのですね。ぽんぽん出てきます。
    素晴らしいです。

    盆土産は帰納法で、羅生門は演繹法なんですね。
    帰納法って統計的に証明することで演繹法は結論が先で証明していくことですか。
    いろいろな文章の書き方があるのですね。
    芥川さんの文章、無駄がないです。すごいなあ。

    • 山川 信一 より:

      また一緒に学びましょうね。「演繹法」「帰納法」は厳密な意味で言っているわけではありません。あまり気にしないでください。まあ、そんな感じってところです。
      ただ言えることは、『盆土産』は読者が自由にテーマを考えられるように書かれているのに対して、『羅生門』は読者の自由を許さず、テーマは作者の指定したどおりに読ませようとしていることです。

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