冷凍食品のえびフライ

 そんなにまでして紙袋の中を冷やし続けなければならなかったわけは、袋の底から平べったい箱を取り出してみて、初めてわかった。その箱のふたには、『冷凍食品 えびフライ』とあり、中にパン粉をつけて油で揚げるばかりにした大きなえびが、六尾並んでいるのが見えていた。えびフライといっても、まだ生ものだから、父親は家へ帰り着くまでに鮮度があやしくなったらいけないと思い、ただこの六尾のえびだけのために、一晩中、眠りを寸断して冷やし続けながら帰ってきたのだ。
 それにしても、箱の中のえびの大きさには、姉と二人で目をみはった。こんなに大きなえびがいるとは知らなかった。今朝釣ってきた雑魚のうちでいちばん大きなやつよりも、ずっと大きいし、よく肥えている。
「ずんぶ大きかえん? これでも頭は落としてある。」
 父親は、満足そうに毛ずねをぴしゃぴしゃたたきながら言った。いったいどこの沼でとれたえびだろうかと尋ねてみると、沼ではなくて海でとれたえびだと父親は言った。
「これは車えびつうえびだけんど、海ではもっと大きなやつもとれる。長えひげのあるやつもとれる。」


「そういうことだったんだ。冷凍食品のえびフライを苦労して持ってきたのね。」
「でも、なんでそんな物を持ってきたんだろう。」
「父親はきっとどこかでえびフライを食べて、家族にも同じものを食べさせてやりたいと思ったんだよ。そこへ家庭でも手軽にえびフライが食べられる冷凍食品が出た。」
「本格的に冷凍食品が広く普及したのは1960年代だって。高度経済成長期を重なるね。
時代の最先端だったからじゃない。」
「六尾とあるけれど、いくらくらいだったんだろう。高いのかな?」
「今なら千五百円くらいで買えるみたい。だから、だからきっと当時でもすごく高いとことはないんじゃない?」
「それで、えびフライを盆土産にしたの?」
「盆土産をあれこれ選んでいる時間がなかったってことも考えられるわね。ほら、急に帰れることになったんでしょ。」
「みんな大きいことにびっくりしているよね。だって、川エビから想像していたんだから。」
「「満足そうに毛ずねをぴしゃぴしゃたたきながら言った。」とあるけれど、父親は、家族が喜んでくれて嬉しいのね。わざわざ苦労して持ってきた甲斐があったって思っているのよね。」
「語り手は、父親が「海ではもっと大きなやつもとれる。長えひげのあるやつもとれる。」と言っても、冗談だとしか思えなかったんだね。でも、父親の機嫌がいいことが嬉しくて思わず笑ってしまったんだ。」
「父親は、普段冗談を言わないような真面目な人なんだなあ。」
 家族を喜ばせようとした父親。期待通りに喜んだ家族。それを見て満足した父親。それを見て嬉しくなった家族。幸せの構図が描かれている。石川啄木にこういう歌がある。「猫を飼はば、/その猫がまた争ひの種となるらむ、/かなしきわが家。」これと対照的な幸せな家族がここにある。家族の幸せって、こういう気持ちの循環なんだ。

コメント

  1. すいわ より:

    冷凍食品、あったのですね。それでも目新しい、更に地元では見かけない大きな海老のフライ。思いがけず取れた盆休み、東京で暫し休むことも出来たでしょう。家族の喜ぶ顔を思い描きながら、夜行列車の中で寝ずの番をしながら持ち帰った「えびフライ」。空間がドライアイスの冷感から、家族を思う温かな空気に切り替わっています。「満足そうに毛ずねをぴしゃぴしゃたたきながら」、居間にお土産の品を広げて胡座をかいてリラックスしているお父さんの様子が目に浮かびます。

    • 山川 信一 より:

      父親は盆休みを使って、往復18時間の道程を帰ってきます。家族に会いに、家族の喜ぶかをを見に、そして、本来の自分に返るために。
      その思いは想像に余りあるものがあります。一方、そのしなければならないことの理不尽さも感じます。高度経済成長のために払われた犠牲が具体的に描かれています。
      それにしても、なぜえびフライを持ってきたのでしょう?まだ、その真意は測りかねます。

    • らん より:

      お父さんは帰りの道中、エビフライを大事にかかえ、眠りも寸断して持ち帰ってくれたんですね。家族の喜ぶ顔がみたくて。みんな嬉しいですね。幸せですね。

      改めて、冷凍食品ってすごいなあと感激しました。冷凍食品ができたおかげでみんなにエビフライを食べさせてあげることができました。

      • 山川 信一 より:

        冷凍食品は、現在も大活躍です。忙しいお母さんの強い味方です。
        子どもたちも喜んで食べています。お袋の味が冷凍食品になるかも知れませんね。
        でも、中にはそれを拒否する子どももいます。それが正常な感覚の持ち主です。
        この子のために冷凍食品抜きで頑張っているお母さんも知っています。その結果、母娘は強い絆で結ばれています。
        そうなると、冷凍食品は私たちを幸せにしてくれたのかどうか、わからなくなってきます。

タイトルとURLをコピーしました