ドライアイス

 土間の上がり框で、土産の紙袋の口を開けてみて、まず、盛んに湯気を噴き上げる氷にびっくりさせられた。ぶっかき氷にしては不透明で白すぎる、なにやら砂糖菓子のような塊が大小合わせて十個ほどもビニール袋に入っているので、これも土産の一つかと思って袋の口をほどいてみると、とたんに中から、もうもうと湯気のようなものが噴き出てきたのだ。びっくりして袋を取り落としたはずみに、中の塊が一つ飛び出した。
「あ、もったいない。」
と姉が言うので、急いで拾おうとすると、ちょうど囲炉裏の灰の中から掘り出したばかりの焼き栗をせっかちにつまんだときのように、指先がひりっとして、二度びっくりさせられた。そのうえそいつのほうから指先に吸い付いてくるので、慌てて強く手を振ると、そいつは板の間を囲炉裏の方まで転げていった。
「そったらもの、食っちゃなんねど。それはドライアイスつうもんだ。」
と、父親が炉端から振り向いて言った。
 父親の話によれば、ドライアイスというのは空気に触れると白い煙になって跡形もなくなる氷だという。軽くて、とけても水にならないから、紙袋の中を冷やしたりするのに都合がいい。東京の上野駅から近くの町の駅までは、夜行でおよそ八時間かかる。それからバスに乗り換えて、村にいちばん近い停留所まで一時間かかる。それで父親は、そのドライアイスをビニール袋にどっさりもらって、道中それを小出しにしながら来たのだという。


「ここもドライアイスの描写が上手いね。自然な流れで書かれているわ。まず見た目から入っている。「盛んに湯気を噴き上げる氷」「不透明」「砂糖菓子」。」
「ほんと、あたしも初めてドライアイスを見たときはびっくりしたな。「砂糖菓子」かなって思ったのも一緒。初めてドライアイスに触れる様子がリアルに伝わってくる。「そいつ」って生き物みたいに言っている気持ちもわかる。」
「「そいつ」はえびフライにも使っていたけど、得体の知れない物を指すんですね。」
「都会との文化の違いが際立つわね。いきなり田舎に都会が出現したのね。」
「そのドライアイスで父親は何を冷やしてきたの?それがえびフライなの?」
「たぶんそうだよ。他に情報無いし。」
「東京からだと、9時間以上かかるんだ。するとここは、青森あたりだね。」
「そこまでして持ってくるんだから、父親の思いの詰まった物なんですね。」
「でも、冷やして持ってきたんじゃ、美味しくないよね。温め直すにしてもさ。」
「夜行で帰ってきたのはなぜかな?寝ている間の時間を有効に使えるから?」
「それくらい時間がないんだよ。」
「そう言えば、『津軽海峡冬景色』って曲の歌詞にも、「上野発の夜行列車降りたときから」ってあったわね。この時代は、夜行が普通にあったのね。」
 そう言えば、『握手』の「わたしたち」が使ったのも夜行列車だったな。時代から言うと、どちらが先なんだろう。『握手』の方が前かな。『握手』は、何となく戦後の匂いがするし、『盆土産』は、高度経済成長期らしいから。いろんな時代があったんだ。

コメント

  1. すいわ より:

    上野から実に9時間以上かけての移動、やっと東海道新幹線が開業したかどうか、東北、まだ新幹線通っていませんものね。今なら新青森まで3時間半くらいでしょうか。
    お土産のえびフライ、時代的に冷凍食品は考えにくい、油を用意するように書かれていたということは衣まで付けて揚げるばかりになっているものなのでしょうか。生もの、ドライアイス大活躍。えびフライだけでなく、初お目見えのもの、細かな描写のおかげで語り手の驚きが良く伝わります。そして作者は、ドライアイスを知らない訳はなく、「知らない語り手」の様子をここまでリアルに描き切るところに作者の才能を感じます。

    • 山川 信一 より:

      調べてみると、冷凍食品のえびフライは、1960年代にはもう製品化されていました。父親はこれを持ってきたようです。
      ドライアイスの描写は、自分が最初にこれに触れたときのことを思い出して書いているのでしょう。
      気持ちを書かずに状況を描写することがいかに効果的かがわかりますね。我々はややもすると、結論の気持ちだけを書きがちです。

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