「うめもんぜ」

 祖母と、姉と、三人で、しばらく顔を見合わせていた。父親は、正月休みで帰ってきたとき、今年の盆には帰れぬだろうと話していたから、みんなはすっかりその気でいたのだ。
 もちろん、父親が帰ってくれるのはうれしかったが、正直いって土産が少し心もとなかった。えびフライというのは、まだ見たことも食ったこともない。姉に、どんなものかと尋ねてみると、
「どったらもんって……えびのフライだえな。えんびじゃねくて、えびフライ。」
 姉は、にこりともせずにそう言って、あとは黙って自分の鼻の頭でも眺めるような目つきをしていた。
 えびなら、沼に小えびがたくさんいるし、フライというのも、給食に時たま鯖のフライが出るからわかる。けれども、両方いっしょにして、えびフライといわれると、急になんだかわからなくなる。あんな小えびを、どうやってフライにするのだろう。天ぷらのかき揚げのように、何匹もいっしょに揚げるのだろうか。それとも、小さく切り刻むかすりつぶすかしたのを、手ごろな大きさにまとめてコロッケのようにするのだろうか。そう言って祖母に尋ねてみると、祖母は、そうだともそうではないとも言わずに、ただ、
「……うめもんせ。」
とだけ言った。
 それは、父親がわざわざ東京から盆土産に持って帰るくらいだから、とびきりうまいものにはちがいない。だからこそ、気になって、つい、
「えびフライ……。」
と、つぶやいてみないではいられないのだ。


「「祖母と、姉と、三人で、しばらく顔を見合わせていた。」とあるけれど、この描写がいいね。気持ちは書いていないけど想像できる。」
「そもそも気持ちなんて表現できないのよ。どんな言葉を持ってきても、ずれてしまう。だったら、その様子を描いた方がずっといい。作者はそのことを知っているのね。」
「確かに!帰ってくることにも、びっくりしたけれど、土産がえびフライに驚いたんだね。気持ちを聞かれても言葉にしにくい。理由ならわかるけどね。」
「よく、国語のテストで、気持ちを聞く問題があるけど、あれって、答えるのが無理だね。なんて答えればいいのさ。だから、国語が嫌いになるんだ。答えられる問題にしてほしいものだよね。」
「あれって、読解力と言うよりは、一種の創作力のテストなんじゃないかな?あれこれ自分勝手に想像はできるから。」
「でも、それが点数化されるから、国語は曖昧だと言われるんだね。」
「それはともかく、「正直いって土産が少し心もとなかった。」の心もとないって気持ちならわかるわ。少し不安で気がかりなのね。でも、なぜ?」
「だって、えびフライなんて見たことがないし、土産に値するのかわからなかったから。」
「姉の反応と表情が上手い。この感じ、よくわかる。すごい描写力だよね。」
「弟に聞かれて、答えられないのは姉としての沽券に関わるので、わからないとは言えない。でも、焦点をずらして、取り敢えず弟の発音だけは訂正する。」
「姉は、じっと考え込んでいるのね。それでいて、弟からの追求は受け付けない表情をしたのよ。姉も弟同様に心もとなかったからね。」
「わからないから、川えびから想像するしかない。かき揚げにするのか、すりつぶしてコロッケにするのか。だけど、それじゃ、父親がわざわざ分土産にするほどのものとは思えない。だから、困惑するんですね。」
「盆土産と言うのは特別な価値のあるものなんだね。」
「祖母の反応もいいよね。少し寡黙な人物が浮かんでくる。自分も食べたことがないので、わからない。でも、わからないとは言いたくない。自分が思っていることだけを短く口にするってとこかな?」
「語り手の弟が思わず「えびフライ」とつぶやくわね。これは、人は世界を言葉を通して知るので、言葉にすると、逆に実態がわかるような気がするからね。その心理を描いているのね。」
 得体の知れないえびフライを巡って、あれこれ想像する様子がよくわかる。気持ちを伝えたいときは、気持ちそのものを言葉にするんじゃなくて、様子を描写するんだね。

コメント

  1. すいわ より:

    「伝票のような紙切れ」に書かれた文字を覗き込む3人の顔が目に浮かびます。帰らないはずの父の帰省に驚き、得体の知れない、えびフライに当惑。祖母と姉は知らない事を知られたくない。明確な答えを得られない語り手は頭の中で思い浮かぶ謎の食べ物を言葉に出してみる事で形作ろうとしている様子。
    ここの家はお母さんがいないのですね。家事に関しては祖母に頼るところは大きいけれど、お姉さんはお父さんの留守の間、私が親代わりに弟を指導しなくては、という気持ちが強いのではないでしょうか。必要以上に強い物言いはそのせいかしらと、お姉さんの事、少し愛おしく思えました。

    • 山川 信一 より:

      家庭事情も少しずつわかってきますね。お母さん代わりの姉。しっかりしてきますね。
      健気さが伝わってきます。すいわさんの愛おしいという思いに共感します。

  2. らん より:

    みんなの頭の中はエビフライのことでいっぱいですね。
    三丁目の夕陽のこんな会話を思い出しました。
    「あんたみたいにデリカシーない人大嫌い!」 と女の子に言われ、
    「デリカシーって何だか知ってる?」
    「アメリカの御菓子かな?」
    「高いのかな?」
    と、男の子2人が会話していて、クスッと笑ってしまったことを思い出しました。
    お父さんが帰ってくるのが楽しみですね。

    • 山川 信一 より:

      言葉から実体を想像することの難しさ、おもしろさが伝わってきますね。
      それが結び使いないのは、なんとも不安なことなのです。

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