不貞腐れた根性

身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。

「草原に寝ころがってからのメロスの心の動きが書いてあるわ。芋虫のイメージにつなげれば、メロスはサナギになって自分の中に籠もってしまうの。「身体疲労すれば、精神も共にやられる」とあるけれど、精神は身体から生じるものね。「病は気から」とも言うように精神が身体に働くことがないことはない。でも、圧倒的に身体が先だと思う。それで、メロスの心も腐っていくのね。「不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った」とあるけど、ここは蜘蛛の巣のイメージを利用しているわ。これも虫からの連想ね。
 勇者としてのメロスにふさわしくない言い訳が始まる。自分がいかに努力してきたかを訴えるの。誰にかって言うと、結局自分に向かって言い訳をする。「愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい」とまで言うわ。ここで、「真紅の心臓」という表現が出てくる。「真紅」はメロスを象徴する色ね。この作品には、これまでも赤い色が何度か出て来た。これからも出てくる。赤は、この作品を、そしてメロスを象徴する色なの。メロスにふさわしい色でしょう。これについてはまた後で考えてみようね。
 それで、今度は運命を嘆くの。自分はよくよく不運な男だと。「私は、きっと笑われる。」と名誉欲にも訴える。でも、どうでもいいと投げ出してしまう。運命のせいにすれば、自分に責任がないからね。それでも、セリヌンティウスに許しを請う。要するに、思い通りにならない自分を何とか正当化しようと躍起になっているの。同情すべきかもしれないけれど、メロスの心は弱いわね。」
「何が「ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。」だよね。勝手に自分で話を作って、「友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝」だとか言って、その世界に浸っている。お前さんがしでかしたことじゃないか。いい気なもんだね。」と若葉先輩が厳しいことを言う。
「だから、あたしは初めからメロスを認めていなかったの。何が起こるかわからないんだから、その場の感情で動いちゃダメなんだ。」と美鈴も相変わらずメロスに厳しいことを言う。
「確かにメロスの心は弱いですね。一気にここまで崩れるんだから。言い訳を続けるのは情けないです。特に、運命のせいにすれば、何でもそれで済んじゃいます。でも、メロスはメロスが言うとおり頑張ってきました。メロスに少し同情します。」とあたしは言った。
「メロスは、自信が一気に崩れたんだね。これまでは、自分の力で何とかなると思っていたけれど、どうにもならないことがあるんだと悟ったんだわ。第六の障害は、自分の弱い心ね。」と真登香班長がまとめた。

コメント

  1. すいわ より:

    「…この心臓を見せてやりたい。」までは自己弁護、友を死なせるにしても、出来る限りの力を尽くした、と。続いて「…何もしないのと同じ事だ。」と不運に見舞われたせいで計画通りに事が運ばず、これから起こりうる不都合を思い投げやりな気持ちであれもこれも「運命」のせいにして思考停止しようとしています。そして、セリヌンティウスに思いを馳せると、この事の起きる前までの友との厚い信頼関係を思い起こさせる。現在、未来、過去と思いを巡らせ、メロスの信実に戻ってきているように思うのですが。
    何もしたくない時に敢えて「何もしたくない」と口に出して言って大の字に寝転がって五分もするとそんな自分に満足して俄然やる気が出ることあります。弱い自分を認めてしまうと案外気持ちに整理がつくこともあります…声には出さずに(頑張れメロス!)

    • 山川 信一 より:

      おっしゃるとおりです。それまでの自己理解をすっかり捨て去ることが次のステップへの条件になることがあります。
      見栄も外聞も捨ててダメな自分を受け入れることです。人間はそんなに立派な存在じゃないんですから。

  2. すいわ より:

    「それまでの自己理解をすっかり捨て去ることが次のステップへの条件になる」ーー班長が「メロスはサナギになって自分の中に籠もってしまう」と言っていました!幼虫が成虫に完全変態する時、サナギの中で神経回路と呼吸器官以外、溶けて他の組織、再構築するのでした!恐れ入りました。

    • 山川 信一 より:

      ただ、その後を読むと、メロスはまだ以前の自分にこだわっています。やはり自己の継続性は必要なのでしょう。
      すっかり生まれ変わることはそう簡単にはできないようです。

  3. らん より:

    身体疲労すれば、精神も共にやられる。
    ほんとにそうですよ。私、そのこと、すごくよくわかります。
    実感しているので。
    でも、メロス、言い訳しないで頑張って欲しいです。
    友達があなたを信じて待っているのだから。
    諦めないで、頑張れー‼︎

    • 山川 信一 より:

      人間は精神だけの存在じゃありませんね。身体あってのものです。
      総合して捉えるべきですね。精神だけ切り離して責める訳にはいきません。

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