芋虫ほどにも・・・

一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、濁流を泳ぎ切り、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たメロスよ。真の勇者、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。

 美鈴の番だ。美鈴のパートは、いつも通り短めになっている。
「メロスは疲労と暑さで、熱中症に罹りました。当時はそんな言葉はないけれど、これは熱中症です。こうなったら、いくら心で思っても体が動きません。悔しくて泣きます。自分を「韋駄天」「真の勇者」とおだてる一方で「情無い」「稀代の不信の人間」と叱ります。自分をおだてながら叱るんです。こういうのを叱咤激励と言います。自分の誇りを刺激することで何とかしようとしています。でも、熱中症に罹っているので、眩暈はするし、全身萎えてしまいます。ここで、また動物の比喩が出て来ます。「芋虫」です。もう芋虫ほどにも前に進めないのです。かわいそうなメロス。とうとう鳥から、餌の芋虫になってしまいました。ええと、テーマは、〈気力ではどうにもならないことがある。〉です。」
「とうとう体力は芋虫以下になってしまったのね。作者は、たとえが本当に上手ね。」と真登香班長が同意した。
「叱咤激励かぁ、人間ダメな時は何してもダメなんだよ。」と若葉先輩が経験ありげに言った。きっと、思い当たることがあるんだね。若葉先輩は、いつも自分の経験を思い浮かべる。見習おうっと。
「ライオン→馬→鳥→芋虫と急激に体力が衰えていくことがわかります。作者はそんなところにまで気を配って書いているんですね。凄いなあ。」とあたしは改めて感心した。

コメント

  1. すいわ より:

    無声映画の活動写真弁士の語りのようにドラマチックな表現です。
    川を渡りきり、その勢いで山を登った頂点がメロスの体力の限界点であったかのように、坂道を下るが如く体力も急速に失われて行ったのですね。西に傾いた日差しは容赦なく顔を照らし、気持ちばかり焦って身体は言う事をきかない。我を見捨てたのかと言わんばかりに天を仰いで大の男が声を上げて泣きじゃくる。芋虫の例えがなんとも卑小さを強調して、文字通り赤子のように「手も足も出ない」メロス。寝転がる事で気持ちまでもサナギのように動きを止めてしまいそうです。

    • 山川 信一 より:

      そうですね。その語のメロスはサナギの中に籠もってしまいます。作者は、すいわさんのご指摘のようにイメージしていたのでしょう。
      どこまでも周到です。

  2. らん より:

    美鈴ちゃん、大好きです。美鈴ちゃんの考え方、大好きです。
    芋虫の例え、本当に太宰さんは表現がうまいです。
    熱中症に罹ってしまったメロスが動けなくなってることがよくわかりました。
    美鈴ちゃんの言ったテーマ、「気力ではどうにもできないこともある」に同感です。

    • 山川 信一 より:

      美鈴は、余計な先入観がない率直な意見の持ち主ですね。
      いい意味で子どもです。だから、真実を見抜くこともあります。
      学年を超えて話し合う意味がここにあります。

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