必死の闘争

 濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。


 あたしの番だ。この一週間、必死で考えてきたから、今日は自信がある。
「ここは、メロスらしさがよく出ているところです。つまり、メロスがいかにスーパーマンってことがわかります。トライアスロンっていう競技があるけど、あれよりずっと凄い。何しろ、水泳とランニングと剣道を続けてやってしまうのですから。並外れた体力じゃありません。こんなことができるのは、メロスが若いからです。メロスの年齢は、20歳に限りなく近い気がします。
 では、表現に沿って、説明します。「濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く」とありますが、これは擬人法です。作者はこれまでにもいろんな笑いを出してきましたが、笑いにこだわりがあります。「せせら笑う」には、その時のメロスの気持ちが込められています。メロスは、濁流から馬鹿にされているような気がしたのです。「浪は浪を呑み、捲き、煽り立て」も擬人法で、波の荒さを強調する効果を持っています。「時は、刻一刻と消えて行く」も〈過ぎて行く〉じゃないんです。「消えて行く」です。これは、メロスの絶望的な思いが反映した言い方です。それでも、メロスはついに泳ぎ渡ることを決心します。「濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。」と宣言します。この言葉は、芝居がかっていると言うか、聞いてて恥ずかしくなる台詞です。でも、この時は、自分を劇の主人公に見立てて、励ます必要があったんです。
 それから、「ざんぶ」と川に飛び込みます。この擬声語がリアルです。その様子が目に浮かんできます。「百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪」という直喩があります。濁流の凄まじさが伝わってきます。メロスがその浪に立ち向かう姿を「獅子奮迅の人の子の姿」と言っています。言わば、メロスを獅子、つまりライオンにたとえています。この時のメロスは百匹の大蛇に立ち向かうライオンだったのです。メロスは、幸運にもその戦いに勝ちます。対岸に辿り着き、馬のような胴震いをします。これも力強いですね。ただ、ライオンから馬になってしまいました。これは、体力の衰えを暗示しています。それでも、すぐに先を急ぎます。「ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり」とありますが、上り坂は体力を奪います。そこで「山賊」に襲われます。相手は、四人です。「飛鳥の如く」棍棒を奪い取って、たちまち三人を倒して突破します。これも凄い体力です。ここで注目すべきは、メロスの鳥のように軽やかな身のこなしです。腕力だけでなく、敏捷でもあるのです。並の運動神経の持ち主ではありません。しかし、それでも体力は、馬から鳥にまで落ちています。体力の衰えを動物の比喩で表してます。メロスは相当体力を消耗しています。以上です。」
「動物の比喩に注目したところがよかったわね。それぞれの場面にふさわしい比喩でありながら、全体としても意味を持っている。さすが太宰ね。」と真登香班長が共感してくれた。
「「王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」ってあるけど、王は周到だね。メロスは帰ってこないと思うけど、万が一にも帰ってこられては困るから、手を打っておいたんだね。ここがメロスとの違いだよね。先をちゃんと読んでいる。」と若葉先輩が指摘した。しまった、そこも問題にすべきだった!
「王にとって、メロスは自分の正しさを証明するための手段でしかなかったんですね。」とあたしは応じた。
「やっぱりメロスは、若いです。相当の若さがなくちゃ、こんなことはできません。」と美鈴がこの時とばかりに言った。あたしもそう思う。今日の話は説得力があったかな。 「どうだろうね。体力だけじゃ、若さの証明にならないよ。オリンピック選手の年齢を見てごらんよ。必ずしも若くないから。」と若葉先輩は譲らない。
「第五の障害は、〈敵〉ね。自分に敵対する人物だわ。」と真登香班長がテーマにつなげた。

コメント

  1. すいわ より:

    「ますます」「浪は浪を」「刻一刻」「掻き分け掻き分け」「のぼり、のぼり切って」繰り返す表現が多用されていますね。迅り昂まるメロスの気持ちが伝わります。文章のテンポにも勢いが出るように思います。
    メロス、「対岸の樹木の幹にすがりつく事が出来た」のは「ついに憐愍を垂れてくれた」(祈りを捧げた)神のおかげ、「ありがたい」と感謝しています。「信じる」という事の価値を諦めない。
    襲い掛かってきた山賊に対して「気の毒…」と言っている所、普通ならば襲った相手に情けを掛けはしないでしょうに、メロスの目指す敵は唯一、王なのですね。
    雨が上がって陽が差す事で寧ろ時の尽きていく様がありありと見て取れるのが皮肉な事です。

    • 山川 信一 より:

      繰り返し表現によって、はやり昂まるメロスの心を表すというご指摘、納得しました。疾走感が出ますね。
      この時はまだ、メロスは自分の力を信じていました。言い換えれば、神は自分を見放さないと信じています。

  2. らん より:

    島田さんの読み、面白いです。
    トライアスロンにクスッと笑ってしまいました。剣道ですか。
    時が消えていくも、なるほどなあと思いました。ほんと、そうです。
    過ぎるではなくて消えるのだなあと、その通りだなあと思いました。

    • 山川 信一 より:

      時が消えるは、感覚的な、実感に沿った表現ですね。
      こういう表現をさりげなく使っているところに太宰治の凄さを感じます。

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