四つの大きな不思議な斑点が僕を見つめた

 胸をどきどきさせながら、僕は紙きれを取りのけたいという誘惑に負けて、留め針を抜いた。すると、四つの大きな不思議な斑点が、挿絵のよりはずっと美しく、ずっとすばらしく、僕を見つめた。それを見ると、この宝を手に入れたいという、逆らいがたい欲望を感じて、僕は、生まれて初めて盗みを犯した。僕は、ピンをそっと引っぱった。ちょうは、もう乾いていたので、形は崩れなかった。僕は、それをてのひらに載せて、エーミールの部屋から持ち出した。そのとき、さしずめ僕は、大きな満足感のほか何も感じていなかった。

「「僕」は斑点を見たさに留め針を外してしまう。この行為は、ここまでの流れからすると共感してしまうなあ。」と若葉先輩がちょっと悲しげに言う。
「見るだけならいいよね。元に戻せばいいんだから。そんな気持ちだったんだろうね。」と真登香先輩が続けた。
「ところが、思いもよらない心理になる。その斑点に魅せられてしまう。この心理は、「四つの大きな不思議な斑点が」「僕を見つめた」という擬人法によく表れてるわ。主客が逆転しているのね。」と明美班長は指摘した。
 なるほど、その時「僕」は「四つの大きな不思議な斑点」に魅了されてしまっているんだ。
「「ずっと美しく」「ずっとすばらしく」という繰り返しにも表れているわね。」と明美班長が補足して言った。
「でも、なんでそこで止めておかなかったんだろう。なんで盗もうと思ったんだろう。」とあたし。
「「生まれて初めての盗み」とあるけど、普通ちょっとした盗みならするよね。この子はよほど、潔癖に生きてきたんだ。それが盗みを犯してしまう。よほどのことだったんだね。」と若葉先輩が少し興奮気味に言った。
「四つの斑点に理性が麻痺してしまったんだわ。まるで催眠術にでも掛かったかのようにね。」と明美班長が応じた。
「うまくちょうを外すことに成功して、盗み出したことに大きな満足感しか感じていないところに驚くよね。」と真登香先輩がみなに共感を求めた。
「この時、きっと世界には自分とちょうしかいなかったんだ。ちょうと自分だけのの世界に入り込んでしまい、その他のことは全く意味を持っていなかった。」とあたしは、思ったことをすぐに口にした。
「「僕」は、自分がこのちょうを捕まえたような気になってしまったんだね。」と若葉先輩が心理を意味づけた。
「前に「そして、美しいちょうを見つけると、特別に珍しいのでなくったってかまわない、ひなたの花に止まって、色のついた羽を呼吸とともに上げ下げしているのを見つけると、とらえる喜びに息もつまりそうになり、次第にしのび寄って、輝いている色の斑点の一つ一つ、透き通った羽の脈の一つ一つ、触角の細いとび色の毛の一つ一つが見えてくると、その緊張と歓喜ときたらなかった。」とあったけど、まさにあの時の気持ちだったんだろうね。」と明美班長が前の部分との繋がりを指摘した。
 そうか、小説はこうやって読むんだ。いわゆる伏線になっていたのかな。
「でも、前にも思ったんだけど、こんな風に何かに夢中になれるのて、女より男の方がその傾向があるんじゃない?ほら、最近、スマホのゲームにはまるのは、男の子の方が多いって新聞に出てたし。」
「そうかも。それって、男の方が子どもだってことじゃない?夢見がちと言うか。女の方が大人で現実的なのよね。」
「う~ん、そうかな?私は、はまる種類の違いのようにも思える。たとえば、恋に憧れる気持ちは女の方が強いよね。漫画見ててもわかる。脳の構造が違うのか、環境のせいなのかはわからないけどね。」
 最後は少し話題が逸れてしまった。でも、話を発展させるのは好きだなあ。そう言えば、女子校に入ってから男の子と話をしていないなあ。アイツどうしてるんだろう?男と女ってそんなに違うのかな?確かに、小学校でも男は男、女は女で固まっていたけど・・・。あれってなぜだったんだろう?

コメント

  1. すいわ より:

    若葉先輩や明美先輩の仰るとおり、「僕」は野山で蝶を追い、捕らえる時と全く変わらぬ感情で「クジャクヤママユ」を手にしたのでしょう。だから罪の意識など微塵もない。そっと近付いて息を潜めて。ひたすらに追い求める蝶をこの手で捕まえたのだ、と。
    「クジャクヤママユ」の四つの目、天使と悪魔の目に見つめられた時、既に悪魔の逃れられない罠にはまり、罠に掛かった事にすら気付かない「僕」は愉悦に浸るばかり。天使の目は静かに顛末を見届けようとしているようです。

  2. らん より:

    この部分、読んでいてドキドキします。私もその現場にいるようで。
    若葉先輩の「ちょっとした盗み」が気になります。
    普通は盗みは犯さないと思いますが。。。
    若葉先輩はちょいワルなのかな。

    • 山川 信一 より:

      若葉先輩の「盗み」は、犯罪というレベルではないでしょう。
      お兄さんのおやつを食べてしまったとか、近所の家の果物をもいでしまったとか、子どもならしてしまうレベルのことでしょう。

      • らん より:

        あ、そういう盗みですね!犯罪ではなくてですね!なら納得です。先生、ありがとうございます。

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