汚してしまった過去

 その思い出が不愉快ででもあるかのように、彼は口早にそう言った。その直後、わたしが箱をしまって戻ってくると、彼は微笑して、巻きたばこをわたしに求めた。
「悪く思わないでくれたまえ。」と、それから彼は言った。「君の収集をよく見なかったけれど。僕も子供のとき、むろん収集していたのだが、残念ながら自分でその思い出をけがしてしまった。実際、話すのも恥ずかしいことだが、ひとつ聞いてもらおう。」


「今日の部活を始める前に、橿村凛コーチからのコメントを紹介するわ。昨日メールで届いたの。」
(珍しいコレクションを見て心躍る今の自分が「熱情的な収集家だった」過去の自分へと連れ戻される感覚に襲われたのでしょうか、ふたを閉じる事で過去への通路を遮断したよう。閉じなければならなかった過去は自分が愛してやまないものを遠ざける、「負」の思い出なのか?蝶の羽の表と裏は切り離せない、過去の自分もひと繋がり。)
「橿村さんて、あの頭のよさそうなオバさん、いえ、おねえさんですかあ?」
「そうだよ。さすがだねえ。考えてることも使う語彙もあたしたちとはレベルが違うよね。」
「大人の読みだなあ。「蝶の羽の表と裏は切り離せない、過去の自分もひと繋がり。」なんてなかなか言えないよね。」
「まあ、いろんな読みができるってことね。あたしたちはあたしたちで読んでいこうよ。」
「じゃあ、今日の鑑賞に入るね。彼の言い方が異常であったことが「不愉快」「口早」という言葉で強調されている。」と明美班長が言った。
あたしは、「なぜそんな態度を取ったのかが気になります。」と応じた。
「その後しばらくして「彼」は冷静さを取り戻したのかな。無礼な態度を謝っているね。」と真登香先輩が言う。
「でも、まだ気持ちが高ぶっているんじゃないのかな。たばこを求めているもの。たばこは気持ちを落ち着かせる効果があるみたいだから。」と若葉先輩が訳知り顔で言う。知り合いに喫煙者がいるのかな?
「よほど、動揺したんですね。でも、ちょうの標本を見ただけなのに。」とあたし。
「その理由は、子供のときにあるようね。よほどのことがあったんだわ。いい大人になっても、気が動転するんだから。」と、明美班長。
 そうだよね。もう何十年も経っているのに・・・。
「自分から見せてほしいと言ったのに、収集をよく見なかったのは、何かを思い出して見ていられなくなったんだね。」と真登香先輩。
「友人は、その訳を話し始める。なんでかな。だって、あまり思い出したくない思い出なんでしょ?「思い出をけがしてしまった。」と言っているから。」と若葉先輩。
「一つは、自分が無礼な態度を取ってしまったので、その訳を話すことで詫びるため。もう一つは、彼自身話したくなったから。たぶん、「わたし」ならわかってくれると思ったんじゃないかな?」と明美先輩が答えた。
 その時、いつの間にか傍で聞いていた北都先生が口を挟んだ。
「ここまでの部分は、読み手の興味を惹く役割を果たしています。と同時に、子供のときの経験が、もういい大人になっているにもかかわらず、今でも尾を引いていることを感じさせます。この部分がないと、それはわかりません。それにしても、なぜそれほどの影響があったのでしょう。それを確かめてみましょう。」
 あたしもその役割に気づいてた。これって凄いことかも!

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