第六十九段 ~その一 伊勢の斎宮~

 昔、男ありけり。その男、伊勢の国に狩の使ひにいきけるに、かの伊勢の斎宮(いつきのみや)なりける人の親、「つねの使よりは、この人よくいたはれ」といひやれりければ、親の言なりければ、いとねむごろにいたはりけり。あしたには狩にいだしたててやり、ゆふさりはかへりつつ、そこに来させけり。かくて、ねむごろにいたつきけり。二日といふ夜、男、われて「あはむ」といふ。女もはた、いとあはじとも思へらず。されど、人目しげければ、えあはず。

 昔、男が伊勢の国に狩りの使い(「狩りの使ひ」は、鳥獣を狩りするために諸国に使わされた勅使。)で行ったところ、あの伊勢の斎宮(「斎宮」は伊勢神宮の奉仕する未婚の内親王)であった人の親が、「いつもの使いよりは、この人をよくお世話しなさい(「いたはれ」)と言ってやったので、親の言葉なので、たいそう心を込め丁寧に(「ねむごろに」)いたわった。朝には狩りに送り出して(「いだしたてて」)やり、夕方(「ゆふさり」)に帰ってくると、斎宮の部屋に来させた。こうして、丁寧に大切に扱った(「いたつきけり」)。二日目の夜、男は、心乱れて(「われて」)「逢いたい」と言う。女もまた、殊更逢うまいとは思っていない。しかし、人目が多いので、逢うことはできない。
 男は天皇の使者である。だから、親は娘に丁寧にお世話するように言った。斎宮は男性に触れてはならない未婚の女性だから、よもや間違いはあるまいと思ったからだろう。しかし、そうした条件や思惑も男の恋心を抑えることはできなかった。女が心を込めて男の世話をしているうちに恋心が芽生えてしまった。女は女で、初めて接した色男に惹かれない訳もない。男は、若かりし頃、二条の后に恋をして以来のタブーを犯そうとする。分別盛りの年齢になっていたのにもかかわらず。斎宮がよほど素敵な女性だったのだろう。

コメント

  1. すいわ より:

    斎宮はこの男以外の客人のお世話もこれまでにしてはいたのですね。斎宮の務めを考えると、親は随分安易に人と接させていたのですね。男が天皇の使者である事から、親は娘が斎宮の任を解かれた後の事を見越して政治的な計算から娘を男のお世話に付けたのでしょうか。六十五段の時にもコメントに書きましたが、人の心はそう簡単に人の定めた枠に嵌め込む事など出来ないのに。大スキャンダルの開幕ですね。

    • 山川 信一 より:

      「つねの使よりは、この人よくいたはれ」とありますから、初めてのお世話ではなかったはずです。親に政治的な思惑があったに違いありません。
      危険な男の世話をさせましたね。勅使+斎宮ですから、まさか間違いなど起こるはずがないと思ったのでしょう。
      「タブーは破るためにある」?

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