第六十五段 ~その三 罰~

 この帝は、顔かたちよくおはしまして、仏の御名を御心に入れて、御声はいと尊くて申したまふを聞きて、女はいたう泣きけり。「かかる君に仕うまつらで、宿世つたなく、悲しきこと、この男にほだされて」とてなむ泣きける。
 かかるほどに、帝聞しめしつけて、この男をば流しつかはしてければ、この女のいとこの大御息所、女をばまかでさせて、蔵にこめて、しをりたまうければ、蔵にこもりて泣く。
 あまの刈る藻にすむ虫のわれからと音をこそ泣かめ世をば恨みじ
と泣きをれば、この男、人の国より夜ごとに来つつ、笛をいとおもしろく吹きて、声はをかしうてぞ、あはれにうたひける。

 この天皇は、顔かたちもよくいらっしゃって、仏のお名前もご熱心に(「御心に入れて」)、お声もたいそう尊くお唱え申し上げなさるのを聞いて、女は激しく泣いた。「このような立派な天皇にお仕え申し上げないで、運命に恵まれず(「宿世つたなく」)、悲しいこと、この男に呪縛されて(「ほだされて」)」と泣いたのだった。
 こうしているうちに、天皇がこのことを聞きつけなさって(「聞こしめしつけて」)、この男を地方に流してしまう一方(「てければ」「て」は完了の助動詞〈つ〉。「」は並列の接続助詞。)、この女のいとこの大御息所は、女を退出(「まかで」)させて、蔵に籠めて、折檻(「しをり」)なさったので、蔵に籠もって泣く、
〈漁師が刈る海草に住む虫のワレカラではないが、こうなったのも自ら(「われから」)招いたことと声を上げて泣こう。しかし、二人の仲をは恨むまい。〉
と泣いていたので、この男、地方から毎晩のように来ては、笛をたいそう素晴らしく吹いて、声は美しく、悲しみを込めて歌った。

コメント

  1. すいわ より:

    男の片思いかと思いきや、女も気持ちが傾いていたのですね。帝は男を流罪に、これ、源氏物語の、朧月夜と同じですね。光源氏は明石にまで流されましたけれど(これは恋のみならず、政敵と見なされたせいもあるでしょうけれど)少年だから、この男は毎夜女の元へ来れる程度の比較的近くに飛ばされたのでしょうか。帝は男を罰するけれど、愛する女については不問だったようですね。女を罰したのはいとこの大御息所、「よくも私の顔に泥を塗ってくれたわね」とばかりに帝から遠ざけて蔵に押し込めて折檻、怖いですね。何の不足もない、帝の元にあれば、先行きの心配など一切ない、頭ではわかっていても恋の病に侵されてしまった女。逢う事も出来ないのに、毎夜、自分の為に遠方から赴き慰めるべく笛を吹き歌う男に、惹かれてしまうのでしょうね。男は見つかったら大変でしょうに。

    • 山川 信一 より:

      『源氏物語』との類似が次々に見つかりますね。こうしてみると、紫式部は『伊勢物語』を読んで、想像を膨らませていったことがわかります。
      女も理屈ではどうにもならない自分の心を持て余し、苦しんでいますね。男も女が恋してくれなかったら、ここまで恋にのめり込まなかったでしょう。

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