第三十一段 ~意外な恨み~

 昔、宮のうちにて、ある御達の局の前を渡りけるに、なにのあたにか思ひけむ、「よしや草葉よならむさが見む」といふ。男、
 つみもなき人をうけへば忘れ草おのが上にぞ生ふといふなる
といふを、ねたむ女もありけり。

 意味を取ってみると次のようになる。
 昔、宮中で、ある高貴な女官(「御達」)の控えの間(「」)の前を通った時に、男のことを何の理由で敵(「あた」)だと思ったのだろうか、「ええいいわ(「よしや」)、あなたなんて草の葉だわ。なれの果ての(「ならむ」)運命(「さが」)が見たいものだわ。」という。そこで男は、歌で返す。
〈罪もない人を人を呪ったりすると(「うけへば」)忘れ草がご自分の上に生えるということですよ。(「なる」は伝聞・推定の助動詞。)〉
と言うのを聞いて、(そこまで言うことはないのにと)憎らしく思う女もいた。
 誰しも経験することだろうが、いわれなく憎まれることがある。もちろん、いわれなくとは言うが、きっと理由はあるのだろう。でも、本人にはわからない。いきなりひどいことを言われて納得できない。そこで言い返すのだが、理不尽さのあまり、思わずひどい言い方になる。端からは、そこまで言うこともないのにと思われ、憎まれたりする。新たな諍いの火種になる。男女は脳の構造が違う。ゆえに、ものの捉え方も違うのだ。そこをわきまえて、冷静にならねばならない。

コメント

  1. すいわ より:

    高貴な方でも、こんな口汚ない物言いをするものなのですね。人違いでそんな風に罵られては堪らないけれど、同じに返したら火に油を注ぐようなもの。ここまで言うからには男の方にも覚えがあるのではないでしょうか。この男女、十九段の二人なのではないかしらと思いました。女は、こちらから歌を贈ったのに、つれなく袖にされて、腹立ち紛れのあの言葉。全くうるさい女だなぁ、こうまではっきり言わないと分からないのか、という歌を詠む男。でも、気を付けないと。御達には取り巻きもいるでしょうし、集団の女は敵なしです。「草むらから珍しい虫の音が聞こえたような気がしたが、、」くらいにしておかないと。

    • 山川 信一 より:

      確かに十九段の後日談として読めますね。男が忘れていても、女はしっかり覚えていることもあります。
      「集団の女は敵なし」はよくわかります。長年女子校の教師をしていましたから。

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