第二十六段 ~恋愛と友情~

 昔、男、五条わたりなるける女をえ得ずなりにけることとわびたりける。人の返りごとに、
 思ほえず袖にみなとのさわぐかなもろこし船のよりしばかりに

 これも失恋にまつわる話。「え得ず」は〈得ることができない〉。(「」は打消表現と呼応して、不可能を表す。)男は、そのことを嘆いていた(「わびたりける」)のである。
 ここで気になるのは、「ける」が三度繰り返してあることである。「五条わたりなるける(五条のあたりにいた)」「得ずなりにける(自分のものにすることができない)」
わびたりける(嘆いていた)」語呂はよくなるかも知れないけれど、ややしつこい気もする。しかも、「わびたりける」と〈けり〉であるべきなのに、「ける」にしている。これは、意識的に揃えてそれぞれの事実を印象づけたかったからである。なぜか。断定はできないけれど、この話が四段、五段の二条の后の後日談であることを暗示するかもしれない。
人の返りごとに」の「」は、歌の内容からすると、失恋した男を慰めてくれた人である。歌は、その友へのお礼である。
〈思いがけなく(「思ほえず」)袖に湊が騒ぐことだなあ。唐船が寄ったあの時くらいに。〉
袖にみなとのさわぐ」とは、〈袖が涙でびしょ濡れになること〉を言う。それも、〈大型の唐船が港に寄った時に立つ波に濡れたくらいに〉。誇張表現である。ただ、実際に経験したことを表す「」(終止形は〈き〉)が使われている。あなたの慰めがどんなに嬉しかったかという感謝の気持ちを表している。
 この人は、男性である。恋愛には同性の存在も欠かせない。逆に、恋愛有ってこそ、友情も深まるのである。

コメント

  1. すいわ より:

    友に感謝の意を伝える歌なのですよね。
    もろこし船、大きな外国船「唐船」=唐衣を纏った身分の高い人、を連想しました。
    この歌一つで「あの唐衣を纏った人を得ることができず、咽び泣き、袖を濡らした。そんな私を君は慰めてくれて、涙が出るほど嬉しかった」と言っているように思いました。何があったか聞きただすでもなく、ただ黙って横に座っていてくれたのではないでしょうか。さっぱりしているけれど、思いやり深い。
    気の合う二人だから同じ女を好きになる事もあるのかしら、などと思いつつ、、

    • 山川 信一 より:

      すいわさんが指摘されたように、もろこし船を唐衣をまとった女性と解して、その女性のためにかつて大泣きをしたという含みもありそうです。
      それを含んだ表現なのかもしれません。そうじゃないと、もろこし船は少し唐突ですね。

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