第五段 その二 ~恋と政治~

 人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ
とよめりければ、いといたう心やみけり。あるじ許してけり。
 二条の后に忍びて参りけるを、世の聞えありければ、兄たちの守らせたまひけるとぞ。

とよめりければ」とある。これは、そう詠んであったのでの意。手紙にそう書いてあったことを言う。女には、男のつらい胸の内が伝わってきた。もう逢えないと思うとたまらなくなった。それで、とうとう女は心をかなりひどく病んでしまった(「いといたく心やみにけり」)。それほどに男が恋しかったからである。二人は本当に愛し合っていたのだ。
あるじ」は、女の父親である。娘は帝の后である。娘を帝に仕えさせたのは、政治的な都合である。娘を自分たちが権力を持つために利用していたのだ。娘の気持ちを思えば、ひどい仕打ちである。その娘が心を病んでいる。このままでは死んでしまうかも知れない。これでは元も子もない。とうとう父親は男が通うのを許してしまった。「許してけり」の「」は意志的完了の〈つ〉の連用形。これには、父親としての愛情もあったのだろう。
二条の后に忍びて参りけるを、世の聞えありければ、兄たちの守らせたまひけるとぞ。」は解説である。これは、第三段、第四段とのつながりを持たせるためである。
 帝の后が他の男を通わしているのである。これでは噂になる。外聞を気にして、兄たちが家来に守らせていたのだった。主である父親だけでなく、兄たちにとっても、つまり、一族にとって女が后であることが重要であったことがわかる。「守らせたまひける」の「」は使役の助動詞〈す〉の連用形。つまり、兄たち自身が守ったわけではない。
 この段のテーマは、恋と政治である。時に女は政治の道具になる。しかし、それを乗り越えるのも恋である。恋には偉大な力があると言いたいのだ。そして、それを支える歌にも。言わば、歌が政治に勝ったのだ。

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